パラスポーツ・パラアスリートの支え手の方々からのメッセージ スペシャル版 ~車いすテニス ~


 東京2020パラリンピック半年前(2月24日(水))に当たって、「パラスポーツ・パラアスリートの支え手の方々からのメッセージ スペシャル版」として、東京2020パラリンピック出場が内定している国枝慎吾(くにえだしんご)選手(車いすテニス)パーソナルコーチの岩見亮(いわみたすく)さんに、車いすテニスの魅力やパラスポーツ・パラリンピックへの思いなどをお伺いしたインタビュー動画・記事を公開します。
 パラスポーツを支える方、競技、選手を知って、みんなで応援しましょう。



                      

・動画はこちらから
・記事はこちらから


★車いすテニス
岩見亮(いわみたすく)さん
(国枝慎吾選手のパーソナルコーチ)

(写真左)(写真 (c)IMG)
<プロフィール>
1978年生まれ。福岡県出身
プロテニス選手として15年間世界を転戦
日本ランキング (自己最高)シングルス3位、ダブルス2位
2010年 全日本選手権 ダブルス優勝
現在は世界で戦うプロフェッショナルコーチ


国枝慎吾(くにえだしんご)選手

(写真 (c)IMG)
<プロフィール>
1984年生まれ。 東京都出身
9歳の頃、脊髄腫瘍を発病し車いす生活を送ることとなる。その2年後母の勧めで車いすテニスと出会う。健常者の友人と共にスポーツを楽しむことで、現在最も武器となっているチェアワークを自然と身につける。
高校に入ると国内で頭角を現し、海外遠征を経験。世界レベルを目の当たりにし、日本と世界のレベルの差に衝撃を受けた後、本格的に競技レベルへ転向する。
座右の銘は「俺は最強だ!」 
2008年 北京パラリンピック シングルス金メダル、ダブルス銅メダル
2012年 ロンドンパラリンピック シングルス金メダル
2016年 リオデジャネイロパラリンピック ダブルス銅メダル
東京2020パラリンピック 車いすテニス出場内定
2021年2月現在 車いすテニス シングルス世界ランキング1位



【動画】※画像をクリックすると動画をご覧いただけます。

スペシャルインタビュー全編版(22分3秒)



・車いすテニスのコーチ・国枝選手のパーソナルコーチになったきっかけは?(50秒~)
・車いすテニスの魅力とは?(7分7秒~)
・思い出のエピソードとは?(10分2秒~)
・東京2020パラリンピックやパラスポーツ普及への思いとは?(15分53秒~)
・岩見コーチから国枝選手に、国枝選手から岩見コーチに伝えたいこととは?(19分38秒~)

 ダイジェスト版(12分35秒)    





 ダイジェスト版(2分8秒)





 ダイジェスト版(34秒)





【記事】

車いすテニスのコーチ・国枝慎吾選手のコーチに携わることになったきっかけを教えてください。

(岩見コーチ) 
 きっかけは、もともと私もプロテニス選手をやっていまして、今、千葉県の柏市にある公益財団法人吉田記念テニス研修センターというところを活動の拠点にしているのですが、国枝選手もそこで練習していてジムでお互い話す機会が多くて。もともと顔見知りで、プライベートな話であったり健常と車いすのテニスの話だったりをしていた仲です。お互い選手同士だったのでざっくばらんな会話をしていました。
 私は健常のプロであったりジュニアの育成というのをそのセンターでヘッドコーチとしてやっていて、国枝選手は実際に一緒に活動はしてなかったのですが、ある時期オファーがありまして。もっと上を目指したいということで。会社の方としても応援しようということで。

(国枝選手)
 岩見さんの現役時代も、ジムでの会話だとか、プレー自体も見ていましたし、岩見さんがうちのテニスクラブでヘッドコーチとしてやられるようになってからの活動も目にする機会も多くて、自分自身も何か新しい刺激、テクニックやテニスに対する考え方というのをアップデートする時期にきていたので、岩見さんの助けをいただくことで今までとちょっと違う自分をみつけられたらなという思いでオファーさせていただきました。
 自分自身も長年前任のコーチの方と一緒にやっていたので、そろそろ新しい風を僕の中にも吹かせたいというなという、そういった気持からということです。

(岩見コーチ)
 オファーを受けたときは、正直に嬉しかったです。車いすテニスは指導したことがなかったので、逆に言えばちょっと怖かったというか、超有名選手だったので、正直なところ、結果を出さない限りはという心配はありました。やはり勝つために雇われているわけですから。
 普段は彼のスケジュールに合わせて、練習、トレーニング、もちろん遠征もそうですが、すべて彼のスケジュールに合わせて活動している状況です。365日一緒にいてくださいと言われればいますし。

(国枝選手)
 岩見コーチは、車いすテニスの知識が最初なかったというところがあったのですが、車いすテニスは他のパラリンピックスポーツ以上に、健常者のスポーツと似通ったところも多いです。車いすでテニスをやるのですが、攻め方や打ち方は基本的にテニスと一緒です。何が違うかと言うと、車いすでの動き、チェアワークという部分が、唯一健常者で言うとフットワークになるわけでその違いがあります。すごく近しい部分が多いことは確かですが、車いすテニスの業界だけでやっているとちょっと固定観念が生まれたりだとかということがあり得ることなので、車いすテニスを全く知らない方の意見をきくというのは僕にとっては新鮮で、最初は、あ、こういう考え方するんだなという気づきが多かったです。まったく知らない方から車いすテニスへの考え方を取り入れるというのは、すごく面白い試みだったかなと思います。

(岩見コーチ)
 チェアワークは僕は指導ができませんが、彼が求めていた戦術的な部分は、私自身も体格に恵まれていなかったので非常に自信があったというか。それを彼に伝えて、今実行してもらっているところです。実行するのも大変ですが、彼にはそれができる技術があるので。今はうまくいっているのではないかなと感じています。
  
(写真 (c)IMG)

車いすテニスの魅力教えてください。

(岩見コーチ)
 まずは、チェアワーク、機動力。世界のトップは本当に速いです。車いすはツーバウンドまで認められていますが、ほぼワンバウンドで打ちますし、本当にスピード感が一番です。国枝選手がそれを作ったんですが。本当にトップレベルは速い。とにかく速い。ボールのスピードもすごい。めちゃめちゃ速くなっています。
 あとはパワー。ボールのスピードも速くなっているので、どんどんどんどんスピーディーな展開が見られるのが非常に魅力的だと思います。

(国枝選手)
 岩見さんと一緒にやりだした時も、フィニッシュは最後ボレーの形できめようというのを理想形として、攻めるテニスを構築していくことをお互いの共通認識としてやっていた部分があって、その考えが現代の車いすテニスの男子のレベルを底上げしている部分もあります。どんどんどんどんみんな攻めてくるので、その時代の流れに僕たちが乗ったというのもありますし、先をいったというのもありますが、そういったところで成功しているかなというふうに思います。
 テニスが好きな人だったら本当にテニスとして楽しめるし、車いすを操っているのでそこが唯一違う点と言ったら違う点です。健常者のテニスと違う盛り上がりの点としては、おそらくお客さんはもう追いつかないだろうと思うところでもツーバウンドまで許されるというルールがあったり、選手のチェアワークのスキルだとかで、行動カバーの範囲が時には健常者よりも大きくなるというところです。カメラから外れたところから返球してくるということも十分あるので、そういったところは試合展開として面白みがあるかなと思います。

(岩見コーチ)
 どよめきますもんね、観客の皆さんは。それを聞いているとすごいだろと僕は思っちゃいます。特に彼のカバーリングは世界一なので、本当にあり得ないところから返してくるので。やっている相手はもう嫌でしょうね。 

思い出のエピソードをお聞かせください。

(岩見コーチ)
 直近(2020年)はUSオープンが大きいかなと思います。コロナ禍で世界的にも大変な状況の中で、あれだけ大きい規模で世界大会が開催されるということで。彼と一緒だったので寂しくはなかったですけど、やっぱり不安なところも非常に大きい中で、最後、死闘を繰り広げて優勝してくれたというのは本当に嬉しかったです。

(国枝選手)
 今年(2020年)の全豪オープンまで1年半ぐらいはグランドスラムの優勝からは遠ざかっていたんです。他の大会では優勝していて、ただグランドスラムはなんか勝てないというので本当に悔しい思いを続けていたので、今年(2020年)の全豪は結構大きく印象に残っています。また昨年(2019年)は負けるたびに、より自分を良い選手にするために結構思い切った改造をしていって、それが実ったのが、(2020年の)全豪の優勝でもあったので。岩見コーチと二人で話しながら、ああでもないこうでもないといって、ときには2歩くらい進んだと思っても翌週にはやっぱり違ったなというのが結構あるんです。そういったことを本当に繰り返してちょっとずつ積み上げていったのが(2020年の)全豪で花開いたかなというのがあったので、そういった経緯が結構印象深いです。

(岩見コーチ)
 国枝選手はすごくオープンマインドというか、私の意見も取り入れて、お互いに意見をぶつけ合えることができるのでコーチとしてはすごくありがたいです。自分の意見もあるけれど、外部からの意見も取り入れてしっかり会話ができる選手で、僕自身、ありがたい存在というか勉強させてもらっていると思っています。
 改造するときは本人からの提案が多いです。それに対して私が評価して、ボールの威力があるかないかとか、受け手なのでこちらがショットとして有効かどうかというのを、お互いに確認し合ってやっています。

(国枝選手)
 何かを変える時というのは、うまくいっていないから変えるという時もあるし、うまくいっていたものをさらに良くするために変えるということもあって、途中迷走に入るときがあるんです。分からなくなる時もあって、そういう時に岩見さんの意見をきくと道が整うというか、どうしたらいいのかという方向性が自分の中でも定めやすくなります。その辺が改造の難しさでもあるんです。どんどん変えていかないと、現状維持だと周りがレベルアップしてくるので、どうしても将来的に見ると衰退してしまうというところがあります。良くても何か変えるということは常に模索していないと、あっという間に追いつかれ追い抜かれしてしまうので。その辺を意識して、変えるときには話し合いながらやっているところもあります。今のままでもいいというのもあるけれど、それじゃちょっとというところもやっぱり出てくるので。

(岩見コーチ)
 我々も常に1歩、2歩先に行ってというのがコンセプトなので。
 僕もハッとさせられるところが多いですよね。こういう見方があったんだとか、こういうところを見ているんだと。要求が高いときに、お!と思うときもあります。それに今のところ応えられているので、引き続き私も勉強していかなきゃなと思っています。
 僕自身アップグレードさせていただいているなというのを感じます、常々。
   

(写真 (c)IMG)

東京2020パラリンピック・パラスポーツへの思いをお聞かせください。

(岩見コーチ)
 パラスポーツに対して、純粋に接する機会が少ないのかなと思います。東京パラリンピックというのは身近に応援していただける機会になると思いますので、開催されれば皆さんに観ていただいて、こんなに面白いんだぞと、テニス以外のスポーツもそうですが、直接肌に触れる良い機会になるかなと私は思っています。
 あとは活動を世界に向け大きく発展していくことを考えると、スポンサーも当然必要になってくるでしょうし、そこで大きくアピールしてそういう応援しようというポンサーが付くというのが、私個人としてはやっぱり必要かなと考えています。

(国枝選手)
 東京パラリンピックでは当然我々も金メダルを目指していますし、それが最終目標でもありますが、多くの方々に車いすテニスのトップレベルを観てもらって、興奮してもらって、ファンになってもらってということが、もしかすると僕が金メダルを獲ること以上に意味があることかなと思っています。車いすテニスのファンを増やすということが、すそ野の拡大だとか基盤の強さにさらに厚みが出てくることにつながってくると思います。その一番のチャンスであるのがパラリンピックでもあるかなと思って活動してきました。

(岩見コーチ)
 この前会社の研修でブラインドサッカーの講師の方に来ていただいて、実際に体験して、あとは映像しか見られなかったですけれど、こんなに激しいのかと衝撃でした。そういう衝撃も含め色々な方に観てほしいなと思います。
 また、健常のテニスと車いすテニスと、今一緒にできる大会が増えてきていますので、健常のプロの試合も観つつ車いすの試合も観られるという、そういった取組がどんどん世界的に広がっていければいいなと思います。賞金の格差もありますし、その辺も徐々に詰めていければいいのかなと思います。


(写真 (c)IMG)

岩見コーチから国枝選手に、国枝選手から岩見コーチに、一言お願いします。

(岩見コーチ)
 僕はもう本当に感謝しかなくて。誘ってくれて、私自身も飛び込んでみて、おそらく何言ってんだと思ったときもあったと思うのですが、広い心でそこも受け入れてくれてやってくれたので感謝しかありません。本当にいい男なんです。僕はもともと国枝慎吾好きだったので。普段トレーニングで、僕が現役時代も何の気兼ねもなく話せたので、一緒に行動していて楽しいです。

(国枝選手)
 岩見さんくらい実績残されている方が車いすテニスの世界に来られたことは、今まで日本では考えられなかったことだったので、まずオファーを受けていただいて感謝していますし、また東京大会が1年延びましたが、お互い金メダル目指して一緒に切磋琢磨していきましょう、ということですね。

東京2020パラリンピックに向けた意気込みをお聞かせください。

(岩見コーチ)
 金メダル目指してこれからも頑張っていきますので、応援ぜひよろしくお願いします。

(国枝選手)
 本当にあと1年ですけれど、金メダル目指して頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします。




(令和2年12月 東京都オリンピック・パラリンピック準備局パラリンピック部調整課インタビュー)