パラスポーツ・パラアスリートの支え手の方々からのメッセージ ~車いすラグビー~

 車いすラグビーアスレチックトレーナーをされている伊佐和敏(いさかずとし)さん支え手としての役割、パラスポーツやパラアスリートの魅力などをお伺いしました。車いすラグビーを支える方、競技、選手を知って、みんなで応援しましょう。


★車いすラグビー
 伊佐和敏(いさかずとし)さん
 (アスレチックトレーナー)

(写真 ⒸJWRF/ABEKEN)
<プロフィール>
1978年生まれ。車いすラグビー日本代表チームトレーナー、イサ スポーツ カイロプラクティック 代表、リオパラリンピック 公式カイロプラクター、Japan Peak Performance Institute メディカルディレクター。
高校卒業後渡米。2012~20年までアスリート用に特化した国際スポーツカイロプラクティック連盟のアジア代表や役員として世界中で活躍。
2015年、日本人初の国際スポーツカイロプラクティック連盟の年間優秀賞であるアウトスタンディングアワード受賞。
2017年より車いすラグビー日本代表チームのトレーナーとして加わり翌年2018年には世界選手権での優勝をチームの一員として支えた。

アスレチックトレーナーとしての活動内容、携わることになったきっかけを教えてください。

 アスレチックトレーナーの役割は、選手が万全の状態で、練習や試合でプレーできるようにサポートすることです。具体的には、選手のケア・コンディショニング、ウォームアップ・クールダウン指導、テーピング、一部の選手への生活介助、運動能力測定、ドリンクの準備や片付けなどを行っています。
 友人に車いすラグビー連盟の前理事長夫妻を紹介してもらった時に「ヘッドコーチはアメリカ人だから、英語で自らをアピールしてみたら?」と、ジャパンパラ競技大会を目前にした直前合宿中の面会をセッティングしてくれたことが、携わることになったきっかけです
 これまで2017年アジアオセアニアゾーン選手権(NZL)に始まり、2018年はQUAD NATIONS(GBR)/CANADA CUP(CAN)/IWRF世界選手権(AUS)、2019年はTRI NATIONS(GBR)/Four Nations(USA)/アジアオセアニアゾーン選手権(KOR)/WWRC2019(=車いすラグビーワールドチャレンジ2019/JPN)といった世界大会へ日本代表チームの一員として帯同、また、日本代表合宿や育成合宿にも帯同しています。


(写真 ⒸJWRF/ABEKEN)

車いすラグビーの魅力を教えてください。

 大きく分けると3つあります。                    
 一つ目は頑丈に作られた専用の車いすで激しく「タックル」することです。選手は状況によっては転倒します。
 次に選手の障がいの重さによって数字で分けられている「クラス」です。コート上でプレーできる選手の合計点数は8点までなので、選手を交代するときは、一人だけ交代する時もありますが、数人交代させないといけない時もあります。個人の状態によってプレーが大きく変わるので、戦略も変わり見ていて飽きないです。
 3つ目は「接戦」です。オフェンス成功率が非常に高いスポーツなので、実力が近いチームの試合は1-2点差の試合が多く、最後までどちらが勝つのか判らないギリギリの緊張感が魅力です。


(写真 ⒸJWRF/ABEKEN)

選手との思い出のエピソードをお聞かせください。

 2018年に世界選手権がオーストラリアのシドニーでありました。パラリンピックと同じ4年に一度の重要な大会なので、選手たちも十分に気合を入れて準備をしてきました。
 予選では世界ランキング1位のオーストラリア相手に信じられないほどの大敗でした。しかも次の日のクロスオーバー(予選Aグループの2位とBグループの1位の対戦)の相手は世界ランキング2位のアメリカ。しかし、ケビンヘッドコーチが「今から敗戦のことは忘れるんだ。明日のアメリカ戦には絶対勝てると、全選手だけではなく全スタッフも信じて明日試合に臨んで欲しい」と言いました。僕も選手をケアする時に敗戦の話になりそうになれば無理やり話を切り替え、少しでもアメリカ戦で精神的に良い状態になるように努めました。
 そして翌日のアメリカ戦では、日本代表選手全員が絶好調で、信じられない点差で勝ちました。大きな国際大会でアメリカに勝つことは日本にとって初めてのことでした。その夜、ケビンヘッドコーチは「全選手、全スタッフは今日の勝ちは忘れて明日の決勝戦(オーストラリア戦)に集中するように。勝てると心の底から信じて明日の試合に向けて準備するように」と指示しました。
 そして臨んだ決勝戦。激しいアップダウンがありながら、ベンチに戻ってきた選手の疲労回復のケアをしたり励ましたりと、僕にできる最大限のサポートをして、世界一になることができました。表彰式の「君が代」は人生で一番感動した「君が代」でした。



(写真 ⒸJWRF/ABEKEN)
                                       

パラリンピック・パラスポーツに対する思いをお聞かせください。

 小学生から水泳をやってきて、その時の目標は「オリンピックに出る」でした。実力が足りなくてオリンピックはもちろん、日本代表として国際大会にも参加することができなかった僕の今の目標は「スタッフとして日本代表で戦う」ことです。
 2016年、リオ大会のパラリンピックの選手村にあるポリクリニックで、唯一の日本人カイロプラクターとして各国の選手のケアをすることができましたが、その時に「東京では日本代表で出る」と心に誓いました。リオ大会で2試合だけ観戦した競技の一つが車いすラグビーでした。その時にまさか僕がその競技に関わるなんて思ってもいなかったです。
 日本代表候補の選手たちが人生を賭けて目指している自国開催のパラリンピックでの金メダル。日々精進して、どこの国よりも優れているトレーナーチームになって選手をサポートして、世界選手権を超える感動の「君が代」を聞きます!

(令和2年10月 東京都オリンピック・パラリンピック準備局パラリンピック部調整課インタビュー)