陸上競技(レーサー)

パラリンピック体験

パラリンピックの陸上競技には、100メートル競走やリレーなどのような「トラック」で行われる種目、走り幅跳びや砲丸投げのように「フィールド」で行われる種目、マラソンのように「ロード」で行われる種目があります。車いすを使う選手、義足を使う選手、視覚障がいの選手など、さまざまなアスリートが参加し、障がいの種類や程度などでクラスを分けて競技を行います。今回、その陸上競技で使用される競技用車いす「レーサー」を体験しました。

パラリンピック体験

体験を行ったのは、2019年3月3日(日)、都立芝公園にて開催された「東京都 ランナー応援イベント2019マラソン祭り MARATHON FESTA 2019」内での「NO LIMITS CHALLENGE」体験会。

パラリンピック体験

体験内容は、競技用車いす「レーサー」に乗り、大きな車輪を30秒間漕いでもらい、その時速を計測します。アドバイスしていただいたのは、パラリンピック6大会連続出場を果たし、パラ陸上の車いす短距離界の第一人者である永尾嘉章さんです。

パラリンピック体験

永尾 嘉章さん

~略歴~

車いす陸上選手T54クラス100m日本記録時保持者

高校1年のときに競技を始める。1988年パラリンピックソウル大会に初出場。以後2008年北京パラリンピックまで6大会連続出場し、ほとんどの出場種目で決勝進出をする。2004年アテネ大会では日本選手団主将を務め、4×400mで銅メダルを獲得する。

ロンドン大会では出場を逃したが、自身の限界に挑戦し続け、2015年には52歳で自身の持つ日本記録を15年ぶりに更新。2016年リオ大会に100m、400mで7度目のパラリンピック出場を果たす。この7大会出場は日本人最多となる。

競技歴30年以上の車いす陸上競技のパイオニア的存在であり、50歳を過ぎても自己記録を更新し続け、限界を感じさせないその走りは「鉄人」と称されるパラアスリート界のレジェンドである。現在は日本パラ陸上競技連盟で後進の育成を担っている。



乗った瞬間、アスリート用車いすだと実感

今回、陸上競技(レーサー)を体験するのは、都内にお勤めの松本さん(仮名)です。この日は、友人と一緒に東京マラソンの見学に来て、体験会の前を通りがかったとのこと。体験会の前に東京マラソンを走るレーサーを見て格好いいと思って参加されたそうです。

体験者の松本さんが、レーサーに触れるのは、もちろん今回が初めて。ゲストアスリートの永尾さんから説明を聞きながら、レーサーに腰掛けると「ちょっとドキドキしますね」と一言。目標の時速を聞かれたところ15キロと答えました。

実際にレーサーに座ってみると、一般的な車いすよりも長さがあるので、重量があるのかと思いきや、予想よりも軽いのが驚きでした。座席はしっかりとホールドされるようで、アスリートの道具だということを実感しました。タイム計測前のトライアルでは、上半身をうまく使って前傾姿勢で大きく車輪を回すよう、アドバイスをもらいます。体験用とあってタイム計測のために車輪は地面から浮いていますが、それでも車輪を回す際には重みを感じます。

パラリンピック体験

まだ15秒以上もあるよ!

緊張の面持ちながらも、いよいよ体験スタートです。出だしは、なかなかのスタートでしたが、だんだんと車輪のスピードがスローダウン。永尾さんからは「まだ15秒以上もあるよ!」と檄が飛びます。スタッフの皆さんも、体験を待つ人たちも一緒になって「頑張れ〜!」と声援を送っています。

30秒のタイムアップとなると松本さんは顔を上げての第一声「キツイ!」の一言。記録は10キロ台と目標とは程遠い結果になり、ちょっとがっかりした様子。

10秒あたりで壁を感じました

体験会後、体験をしてもらった松本さんとゲストアスリートの永尾さんの2人で、体験会の感想を話していただきました。

永尾さん 今日は体験会に参加していただいてありがとうございました。体験をする前に競技のことはご存知でしたか。

松本さん 正直なことを言うと、パラリンピックの陸上競技については詳しく知りませんでしたが、先ほど、沿道で初めてレーサーに乗って走る選手を見て、前傾姿勢になりながら、すごく低い体勢で駆け抜けていく姿に驚きました。とにかくスピード感が魅力です。

永尾さん 実際に体験されてどうでしたか。

松本さん キツかったです(笑)。10秒あたりで壁を感じましたね。これ以上、車輪を漕ぎ続けるのは、普段トレーニングをしていない人ではもたないと思いました。

永尾さん 皆さん、だいたいそうですね。ふだん、手を前に振り下ろすような動きはしませんからね。特に腕がキツイと思います。

レーサーを漕ぐのに体型や体格は関係ない

松本さん 体験会で速い人はどれぐらいの速度ですか。

永尾さん 速い人だと20キロを超える人もいます。

松本さん 体型や体格は関係あるのでしょうか。

永尾さん 特に体型や体格は関係ないですが、細身で動きやすい人の方がスピードが出やすいですね。体を動かす時に筋肉が邪魔しないのかもしれません。逆に筋肉質の人は、力任せに漕いでしまって、効率的な動きができないことも多いです。

松本さん さきほど東京マラソンでもレーサーに乗った選手を見かけましたが、どれぐらいのスピードが出るものなのでしょうか。

永尾さん トップグループでしたら平均して時速30キロぐらいで走っていると思います。東京マラソンは、フルマラソンですから、あの状態で1時間半近く走っています。

松本さん 選手の皆さんはすごい体力ですね!

永尾さん 選手たちは日々のトレーニングで鍛えていますから。競技をしている姿だと、すごく軽やかに車輪を漕いでいるので、誰でも出来そうかなと思われます。しかし実際にやってみて感じたと思いますが、一般の人では、選手のように、あれだけ肩は動きません。体験会に参加する皆さんは、手を前に押し出しますが、われわれ選手は手を後ろまで回して、車輪を引き上げるように動かします。それが出来れば速度はでますが、体力的には、もっとしんどくなりますよ(笑)

レーサーは同じ車体は2つとない

松本さん 永尾さんは、現役時代にどのような練習をされてたのでしょうか。

永尾さん 僕はマラソンではなく、トラック競技の短距離だったので、ダッシュやインターバルトレーニングなど、一般の陸上と同じような練習方法でした。それに短距離なのでウエイトトレーニングも欠かさずやっていました。

松本さん レーサーの重さ、長さはどれぐらいあるのでしょう。

永尾さん 重さは軽量に作られているので8〜10キロぐらいです。ルール的には、後ろの大きい車輪の直径が70センチまで、前の小さい車輪が直径50センチまでと決まっています。あとは車輪にハンドリングが付いていることと、ブレーキが付いていることがルールなんです。長さは選手の体格や体型に合わせて、お尻の幅とか、座る位置の高さとか、長さとか、すべてフリーです。

松本さん 各選手ごとにチューニングされているわけですね。

永尾さん 大柄な選手はもっと全長を長くしたり、小柄な選手は幅を狭くしたり、パッと見は車輪が3つあって形は同じですが、選手それぞれでカスタマイズしていて、どこかしらが違っているはずです。まったく同じレーサーは2台とないので、選手ごとのレーサーを見比べてみるのも競技観戦の楽しみの一つかもしれません。

競技の魅力はスピード感、レース全体の駆け引き

松本さん 永尾さんの思われる競技の魅力はどこでしょうか。

永尾さん やはりスピード感です。フルマラソンの世界記録で、足で走る人の記録は2時間1分ぐらいですが、車いすの場合は1時間20分。

ふつうの陸上競技よりも、自転車競技に似ているかもしれません。ロードレースでは相手を利用しながら走っていきます。相手を先頭に出して風除けをしながら走ったり、先頭を交代しながら走ったり、勝負所をみつけて誰かが抜け出すなど、レース全体に駆け引きがあるので、それも見どころです。

松本さん どういうお気持ちで体験会で教えていますか。

永尾さん 現在、数多くのパラスポーツ体験が行われ、それぞれの競技のおもしろさや楽しさを体験できます。その競技のおもしろさや難しさを実感していただき、パラスポーツに興味を持ってもらい、競技や選手を応援したい気持ちに繋げて欲しいです。もちろんパラリンピック自体を応援してもうらう意味でも、こうした体験会の持つ意味は大きいと思います。

松本さん 私も参加してみて、初めて競技のことを知り、その楽しさを教えてもらったと思います。

永尾さん もっともっと、こうした機会が増えることを願っています。私も皆さんに競技の魅力を伝えていきたいと思っています。もう現役を引退しているので、立場を変えて、パラリンピック全体を応援していきたいなと思います。

松本さん もし障がいを持った人が、この体験会を通じて競技をやってみたかったら、どうすればいいのでしょうか。

永尾さん レーサーは車いすがないと出来ないので、お近くの障がい者スポーツセンターに相談されるといいと思います。パラ陸連でもそうした質問に答えてくれます。T52クラスの金メダル候補と言われている佐藤友祈選手も病院にいた時に、たまたまテレビで競技を見て競技を始めたそうですから、興味を持ったら、とにかくアクションを起こすことです。

松本さん 競技と出会う機会が増えるのは大事ですね。

永尾さん 実際に競技を体験してもらうことは、応援してくれる人を増やす一面もありますし、たくさんの人が競技に興味を持つようになって、いま閉じこもっている障がい者の方にも勇気を持って1歩前に出てくれるきっかけになったらいいなと思います。

松本さん 今日はありがとうございました。いい体験ができました。近くで競技があったら絶対に観戦してみたいです。